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零式戦闘機と言われるとパッとこなくても、零戦、ゼロ戦、ゼロセンと言われればピンと来る方は多いでしょう。

百田 尚樹氏の処女作で大ヒットしている「永遠の0(ゼロ)」の中でも零戦は終始内容と切り離せないものでしたね。

零戦は正式名称を零式艦上戦闘機といい、「ぜろせん」、または、「れいせん」と呼ばれていました。

第二次世界大戦時における大日本帝国海軍最強の戦闘機でした。というよりも、太平洋戦争の初期においては、世界一の航続距離に加えて、その格闘性能においても右に出る戦闘機は世界にありませんでした。

アメリカやイギリスのパイロットからは零戦のパイロットは「ゼロファイター」の異名で恐れられていました。

敗戦国という結果だけを知っている方は意外かもしれませんが、日本の軍事力は相当なものだったんですね。

しかし、零戦は軽量化によって、格闘性能とは裏腹に攻撃に対しては弱い構造をしていましたので、被弾することは死を意味するほどでした。

撃墜王(エースパイロット)

撃墜王とは戦時中の空戦において、敵機を撃墜した数が多いパイロットに与えられる称号です。

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第2次世界大戦中の撃墜王はドイツ空軍が上位を占めていますが、各国において、撃墜数のカウントの仕方が違うことと、ドイツについては、自国上空で戦闘できることが多く、燃料補給も有利、精神的にも有利、被弾して不時着しても、助けがあるという条件が揃っていたからだとも言えます。

しかし、日本の零戦は自国以外で戦うことも多く、また、先述のように、被弾に非常に弱いことからも、この悪条件で撃墜王として称号をもらうことは、実力的には世界トップレベルであったと言えます。

実際、撃墜王の一人で「ラバウルの魔王」と恐れられた大日本帝国海軍の西澤廣義については、アメリカ合衆国の国防総省とスミソニアン博物館において肖像が飾られています。

日本の有名な撃墜王としては、

  • 岩本徹三 「最強の零戦パイロット」「零戦虎徹」 撃墜数202
  • 西澤広義 「ラバウルの魔王」 撃墜数87
  • 杉田庄一 「闘魂の塊」 撃墜数70
  • 坂井三郎 「大空のサムライ」 撃墜数64
  • 太田敏夫 西沢、坂井と共に台南空の三羽烏と呼ばれた 撃墜数34
  • 笹井醇一 「ラバウルの貴公子」 撃墜数27

などが挙げられます。
永遠の0(ゼロ)に登場した人物もいますね。

特に岩本徹三さんの撃墜数については実質的には世界一だと言えるかもしれませんね。

以下は戦後の坂井三郎さんの貴重な映像です。

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